青年運動と家族 
山下よしき物語(2)

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写真=妻と3男(左)と一緒に趣味の登山(金剛山)へ

 市民生協の職員として働く山下よしきさんに、人生の転機が訪れます。「民青の専従をやってもらいたい」との要請に「自分を鍛える場になる」と引き受け、日常的に政治に携わる専従活動家の道へ。

 平和や食品の安全に情熱を傾けた生協時代の経験も生かし、民主青年同盟北河内地区委員会の委員長として同盟員と向き合い、運動の先頭に立ちます。


 忘れられないのが、生協職員時代からすすめていた核兵器全面禁止を求める運動です。地区委員長に就任した直後の1985年、日本原水協を含む11カ国の反核団体がよびかけた「核兵器の全面禁止・廃絶のために―ヒロシマ・ナガサキからのアピール」署名に高校生たちとともに取り組みました。

 友人の疑問に答えたいと勉強する子、学校の全校生徒の半数から署名を集めてくる子と、高校生の真剣な姿に励まされます。
 「だれとでも友達になれるし、(訴えも)上手に話せてすごい人」。当時、同盟員だった女性(44)は駅前で元気いっぱい、次々と署名を呼び掛ける山下さんの姿を覚えています。「山下さんは、班会でも、私の突拍子もない質問もばかにせず、楽しく答えてくれました。国会議員の今でも笑顔は同じ。〝いいお兄ちゃん〟のイメージは変わりません」
「アピール」署名は15年後の2000年5月、6000万人を突破し、国連総会で報告されました。「核兵器全面禁止のアピール」署名に引き継がれ、草の根の運動として発展しています。
「あのとき、街頭で学園で職場で一生懸命に訴えた彼らの頑張りが間違いなく日本と世界の歴史をつくっています。国民の力はすごい」と山下さん。

 妻、五月(さつき)さんと結婚したのも民青地区委員長時代でした。結婚間もない頃、ある女性同盟員の言葉をいまも、はっきり覚えています。
 女性同盟員と電話で話しているとき、「ところで山下君、ちゃんと家事やってる?」と聞かれ、山下さんは「もちろん、やったってるよ」と答えました。
 「いま何て言うた…?」と不信そうな女性の声。再び何気なしに「家事、ちゃんとやったってるよ」と答えた山下さんに、女性は「山下君、〝やったってる〟という言葉の中には、家事は女性がやって当たり前、手伝ってやっているという感覚が出てる」とずばり。山下さんはハッと気がつきました。
 「家族を大事にしない人が外でいくらいいこと言ってもダメ」との五月さんの指摘から、朝ご飯は家族で必ず一緒に食べることにしました。東京の議員宿舎にいる間は、小学生の三男へ〝モーニングコール〟を欠かしません。

 多忙な国会議員生活でも、大阪の自宅に戻ったときは、「朝ご飯づくりと洗い物」は山下さんの担当です。
 14日、党府委員会が開いた「賃上げと安定雇用についての懇談会」の朝。「なめこと、エノキ、ニンジンのみそ汁、ホウレンソウのおひたしにご飯」をつくりました。
 国会で首相や大臣、官僚との丁々発止のやりとりで興奮した頭と体を切り替えるのに、「料理はちょうどええんです」。にっこりとほほ笑みました。  (つづく)