労働者は将棋の駒と違う 
山下よしき物語(4)

photo

写真=2001年10月12日、松下電器本社にて。右から山下、宮本、塩川、吉井の各氏。

 2001年。大阪選挙区候補として2期目に挑んだ参院選で山下よしきさんは、59万4千票を獲得したものの、およそ8000票差で惜敗します。

 山下さんは議員バッジはなくなったものの、日本共産党中央委員会が設置した「リストラ反対・雇用を守る闘争本部」(本部長・市田忠義書記局長)の事務局長になります。
 弱肉強食の「構造改革」路線を突き進む小泉自民党政権のもとで、自動車、電機、鉄鋼、情報産業などで退職強要や転籍(解雇)を迫る激しい〝リストラ・人減らしの嵐〟が吹き荒れていた真っただ中でした。党は「大規模なリストラに反対し、雇用を守る国民的たたかいをよびかけます」を発表し、本格的な国民的闘争をよびかけました。

 ある日の朝のことです。上京して活動するため、大阪の自宅近くの駅に向かった山下さん。薄暗い午前5時すぎの駅のホームで、NTTで働く男性に出会いました。
 「早いですね」と声をかけた山下さんに、男性はいいました。「これから名古屋に出勤するんです」NTTは11万人リストラを強行していました。賃金を3割削減したうえで、子会社に再雇用するというやり方で、転籍に同意しなかった労働者をみせしめのため、大阪から名古屋などへの広域配転を命じたのでした。山下さんはNTTの横暴に、怒りが込み上げてきました。
 「労働者は将棋の駒と違う!」男性は仲間とともに提訴し、10年、最高裁で勝利。日本共産党も国会でこの問題をたびたび取り上げてきました。
 男性は振り返ります。「山下さんには悩みも愚痴も話しました。大阪や東京の集会にも来てくれ、議員に戻ってからも親身に相談を受けていただいて、本当に心強かった」

 山下さんは、職場の労働者への聞き取りとともに、大企業の工場閉鎖・海外移転が地域に及ぼす被害や、増大する失業者などリストラの実態調査へ全国各地を駆け回りました。
 自治体幹部からは「まるで夜逃げだ」と吐き捨てるような発言も飛び出しました。前ぶれもなしに突然通告される大企業の工場閉鎖は、ほとんどが「寝耳に水」です。たちまち数百人が失職し、自治体にとっては再就職問題や跡地利用の難問がのしかかります。
 「当時、毎日、一部上場企業・グループのリストラ計画が報じられ、その数は60万人にも達しました。地域のみなさんと怒りを共有し、雇用と地域経済を守る共同を広げられ、とても勉強になりました」と山下さん。
 「山下さんとは初めて会った気がしなかった」と話すのはともに実態調査に回った岩手県紫波町の村上充元党町議です。「岩手の言葉で言うと『いらぶらない人』。肩書にこだわってしゃべるのでなく、相手の気持ちを引き出しながら話す、謙虚な人。『地域の衰退をほっておけない』と全力で取り組んでくれる、そういう人だったから長年付き合ってきたように感じたんでしょうね」

 山下さんは07年に参院議員に返り咲くと、財界・大企業の身勝手に「待った」をかける活動に全力でぶつかります。
 「無法は許さない。憲法や労働法に基づき、〝職場のルール〟と地域経済を守れ」 (つづく)